「アメリカ看護師からなぜ研究者に?」吉野亜沙子が語るニューヨークで仕事を得た方法と日本帰国の理由

2人目のインタビューは、本サイトの副代表・吉野亜沙子さんです。吉野さんには、キャリア構築編、アメリカ看護師編、大学院編の3本立てでインタビュー記事を連載していきたいと思います。本日は吉野さんのキャリア構築について伺っていきます。

まずは、吉野さんのプロフィールから。

プロフィール

吉野 亜沙子(よしの あさこ)

看護師・保健師・米国看護師。日本の大学院で看護学の修士号を取得し、現在は博士後期課程に在籍中。日本で正看護師・保健師就労経験あり。米国でも正看護師就労経験あり。国連の専門機関でフェローシップ経験あり。米国CA州・NY州、ベトナム、タイでの生活経験あり。

<最終学歴>

2019年 国内の総合大学の国際保健看護学に関する博士前期課修了

<職歴>

2006年 日本の病院の看護部入職

2010年 CA州立大学Riverside校でTeaching Assistant

2011年 NYCにある内視鏡専門クリニック入職

2012年 日本の病院の看護部入職

2017年 日本国内の自治体の新生児乳幼児訪問保健師外国人母子担当

2017年 日本国内の総合大学や医療系四年制大学の看護学科の非常勤講師、TAなどいろいろ

2019年 日本国内の総合大学Research Assistant-現在

2022年 国連の専門機関でフェローシップ

<その他の海外活動>

1999年:カナダでホームステイ・語学留学

2019年:ベトナムで家族帯同

2021年:タイで家族帯同

<関連する保有資格>

正看護師・保健師・米国正看護師

TOIEC 800点

<配偶者/子供の有無>

あり/あり

母の勧めでアメリカ看護師に

――吉野さんは何がきっかけで国際的なキャリアを考え始めたのですか?

吉野:小学校高学年の時から異文化に興味がありました。その時から将来は海外で暮らして、外国の人と英語でコミュニケーションを取ることに憧れていました。高校1年生の時にカナダにホームステイに行ったんです。夏休みに3週間。それがすごく楽しくて、いつか海外留学しようと思ったんです。

――その後看護師になられて、アメリカに留学したのは看護師として働くためですか?

吉野:もともと海外で生活ができれば良いと思ってたんです。外国人とコミュニケーションが取れればそれでいいと思ってて、国もどこでも良かった。

――どういった心境の変化で看護師として働くことを目指したんですか?

吉野:母に言われたんですよ。「語学だけ学んで帰って来るのも悪くはないけど、どうせならちょっと仕事してきたら?」って。まあ、確かにそうだなと思ったんですよね。それで、留学エージェントの担当者に看護系の良いプログラムないですかって相談したら「ありますよ」ってなって。「じゃあ、ちょっとやってみますか」みたいな感じでしたね。

――そもそもアメリカを選んだ理由は何ですか?

吉野:大学を卒業して病院に就職してからも英語を勉強するために海外の映画やドラマをたくさん見てたんです。その中でも「セックス・アンド・ザ・シティ」がすごく面白かったんです。その舞台が、ニューヨークじゃないですか。あと、留学先を検索すると、やっぱりアメリカ留学が多かったので、なんとなくの流れでアメリカに行くことに決めました。

――アメリカで働くまでにどんな準備をしましたか?特にいくら貯金して行ったのか気になります。

吉野:準備として、お金を貯めるために実家から通える病院に就職しました。実家で生活させてもらって、家にお金を入れつつ、毎月10万円を貯金しました。留学までに300万円貯金しました。でも結局それじゃ足りなくて、親に150万借りました。帰国後、日本で仕事して借金は全て返した上で結婚しました。留学に掛かった金額は全部で450万ぐらいかな。3年半の留学にしては少ないですよね。最後の1年間は看護師として働いていたのでそのくらいで済みました。

あと、私が通っていたUniversity of California Riverside Extension Centerは州立大学なので授業料が安いかったので留学費が安く抑えられたという理由もあります。

Forensic Nursing Certificate Programの実習先の裁判所

ニューヨークでの求職活動

――アメリカでの仕事はどのように見つけたんですか?

吉野:資格を取っていざ仕事を探そうとなった時に、どこで探そうかとなりまして。カリフォルニアでは2年半も生活したので、もう十分だなと思い、ずっと憧れていたニューヨークで生活することに決めました。「今のチャンスを逃せば二度とニューヨークで暮らすことはないだろうな」って。

それで下見のためにNYに旅行にいった際に、宿の日本人オーナーに「私はアメリカで看護師の資格を取ったんだけど、ニューヨークで仕事を取るのは難しいですかね?」って聞いてみたんです。そしたら「日本人向けのフリーペーパーに、病院やクリニックの情報が出てるから電話してみたら?」って言われて。

それで、NYに引越して、看護師免許をカリフォルニア州からNY州に移動して、登録完了と同じくらいのタイミングで、フリーペーパーに載っているクリニックに順番に電話したんです。そしたら、1件目か2件目のクリニックが「実は日本人を探してたんです。今から面接に来れますか?」って言われて。面接を受けたらその場で採用が決まりました。後から知りましたけど、ニューヨークで正看護師の仕事をゲットできたのは、本当にラッキーだったらしいです。

――ラッキーってことは、仕事がしたくてもなかなか難しい?

吉野:はい、かなり難しいみたいです。実際、そのクリニックで働き始めてからも、労働ビザや給料とか、どうせだったらアメリカの病院で働きたいとか、色んな理由があって転職活動をしたんです。いくつかの病院やクリニックに応募書類を送ってみたんですけど、全然相手にしてもらえなかった。

――それは労働ビザがないからですか?

吉野:それもありますが、アメリカの大学を卒業してないのもあるかもしれません。あとは、私みたいな移民の人が病院の仕事を得る場合、まずはナーシングホームや介護施設で看護や介護の仕事を何年かやってから転職するケースが多いそうです。

だから、最初からニューヨークの総合病院で看護師として働くのは、かなり難しいことだったんだと思います。最近になって、アメリカで働いてた友人の看護師たちの話を聞いて、そういう現状を知りました。

――吉野さんがいた2011年頃も今もアメリカの病院で働くのが難しいという状況は、変わっていないのでしょうか?

吉野:たぶん今の方が厳しいんじゃないですか?当時は、修士号を持ってる看護師はそんなに大勢はいなかったと思うんです。ある弁護士に就労ビザを確実に取るには修士号を取得するのが早道だと言われたこともあります。でも、今は修士号を持っていても、(就職先を)選べるほどではないらしいという話も聞いたことがあります。

Forensic Nursing Certificate Programの実習先の保安官事務所での記念撮影

アメリカで得た自信と愛する人のいない孤独

――海外で働くという目標を達成して、率直な感想はどうでしたか?

吉野:目標を達成したのはすごく満足だったんですけど、山本さんがインタビューの時に言ってたように、現状にはなかなか満足できなくて。当時アメリカでは、自分の給料について交渉するってことを知らなかったんですよ。面接の時に「いくら欲しいの?」って聞かれて、普通に日常生活で掛かる金額をその場で計算して、これぐらいあれば生活できます。みたいな感じで答えちゃったんですよ。そしたらその金額に200ドルくらいプラスされた金額で契約が成立したんです。

それをすごく後悔して。でも、逆に言ったらもう少しズル賢くなっていれば、良い金額をもらえていたかもしれない。この辺がね、経験や知識が浅かったな。その後交渉してみたけど、一度決まった金額を上げるのは難しくて。

――なるほど、アメリカで働いて良かったことは何ですか?

吉野:すごく多国籍な職場だったので、いろんな考え方や価値観に触れることができて、とても楽しかったです。私は職員みんなのことがすごく好きでした。それと、このように、アメリカで正看護師として働くために、たくさんのハードルを乗り越えて納得がいくまでやり抜いた経験から、昔の自分だったら諦めていたようなことにも挑戦できるようになりました。

――逆に大変だったことも教えてもらえますか?

吉野:やっぱり先行きが不透明で、私は学生ビザで就労許可が取れるOPT*で働いていたので、就労期間が1年間しかなかったんです。つまり、1年経ったら労働ビザに切り替えなきゃいけなかったんです。まあ、そうやって次々と色んな課題をクリアしていかなきゃいけないことが出てきて。もうその辺になって、疲れちゃったんですよね。

*OPT(Optional Practical Training):学生ビザで就学している学生が先行した分野と関連のある職種で研修や働くこと

ーー日本に帰国したのは疲れたことが原因ですか?

吉野:それもありますが、もう一つ大きな理由があります。ニューヨークには友達とか楽しく過ごせる人たちはいるけど、なんて言うんですか、Loved one(家族や恋人などのかけがえのない人)はいなかったんです。私の場合は、そういった人たちが全員日本に居て。それが寂しかったんですよね。

OPTが終わる時は28歳で、結婚や将来のことをすごく考えるんですよ。仮にアメリカに恋人がいて、その人と結婚したいとか、ずっとそばにいたいとかであればアメリカで頑張ろうと思えたかもしれません。

でも、私はそうではなかったです。もしその時に、就労ビザを取得してアメリカで何年も働くことを選んだら、日本に本帰国するタイミングを逃すと思ったので、それを機に日本に帰ることにしました。

――今の話ってめちゃくちゃ大事ですよね。海外で働くってキラキラした良いところにしかフォーカスされない。インタビュー記事やイベントでも全くネガティブなところには触れられない。これから海外に出る人にもその辺りのことを知って欲しくて、プラヘルではありのままの情報を発信しています。

吉野:若いうちは良いんですけどね。

よく散歩にしたセントラルパーク

自身が経験した移民の健康問題を研究

ーー本当にそう思います。次の質問ですが、努力してアメリカで看護師として働いた経験を今後どう活かしていこうと考えていますか?

吉野:実は、アメリカで働いていた時に体調を崩したんですよ。私が入っていた医療保険では治療費が十分にカバーされない可能性が高かったので、次回帰国した時に受診しようと思ってズルズル受診を延ばし、結局何年間も放置してしまったんです。最終的に、結婚を機に受診することにしたんですが、かなり状態が進行していて、自分の健康に対してすぐに行動できなかったことをすごく後悔したんですよ。

その時の自分は移民の人が保健医療にアクセスできない典型パターンだったんです。だから、日本に来ている外国籍住民には私のようになってほしくないと思い、彼らがきちんと医療にアクセスできるような社会にしたいっていう目標があって、博士課程で研究しています。

――今後、どういう立場で外国籍住民の健康問題に貢献していこうと考えていますか?

吉野:私は患者さん対して、深く入り込んでしまう傾向があるので、直接的に関わる現場ではなく、研究者として少し距離を置いた関係で、研究を通じて、困っている人達の環境改善に貢献していこうと思っています。

――最後に、海外を目指す上でのアドバイスをお願いできますか?

吉野:まず、海外に出たいと考えている人は、とにかく事前に情報収集をすることが必要だと思います。良いところだけじゃなくて、悪いところもきちんと把握しておく必要があります。 あと、やりたいと思ったら積極的に挑戦する。 後から後悔しないように少しでも興味があればすぐに取り組んでほしいです。

最後に、アメリカ就職はかなりハードルが高いので、アメリカにこだわる理由がなければ、別の国を考えてみるのも良いかもしれないです。

――今後アメリカを目指したい人には参考になる情報ばかりだったと思います。次はアメリカでの具体的な仕事内容について詳しく聞かせてください。ありがとうございました。

LINEオープンチャット「プラヘルコミュニティ」を始めました。プラヘル管理者とコミュニケーションが取れて、インタビュー記事やイベントに関する最新情報を受け取ることができます。お気軽にご参加ください。