筆者は2019 年9月からの2年間、社会人としてフルタイムで勤務しながらイギリスのマンチェスター大学公衆衛生学修士課程(オンライン)に在学し、2021年11月に修士号を取得しました。
この記事では、マンチェスター大学オンラインMPHのプログラムの概要、出願準備、受講内容から実際の勉強量、修了した今思うことなどを詳しく解説していきます。
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※最新情報はマンチェスター大学のHPをご確認ください。
1. マンチェスター大学を選んだ理由
筆者がマンチェスター大学オンラインMPHを選んだ理由は大きく分けて3つあります。
① 学費が安い
一つ目の理由は学費が比較的安いことです。現在は円安の影響で335万円と高騰していますが、筆者が支払った学費の総額は250万円でした。それでも高いと思われるかもしれませんが、例えばアメリカの名門Johns Hopkins大学の場合、オンラインMPHの学費は約1000万円です。(参考:Tuition and Fees)同じオンラインMPHでも半分以下の学費で済むのは魅力だと思います。
② コースが豊富
二つ目の理由はコースが豊富なことです。イギリスのオンラインMPHは複数ありますが、中には受講するコースが定められている大学院もあります。一方、マンチェスター大学は36のコースから自分で選んで受講できるため、自分の興味関心に合った内容を学ぶことができます。
③ 世界大学ランキング上位
三つ目の理由は大学の世界ランキングが高いことです。マンチェスター大学は毎年、世界大学ランキングの上位に位置しており、自身の学歴に箔をつけられると思ったことも一つの理由です。
また、留学ではなくオンラインを選んだ理由は、当時貯金がなかったことと職歴を積みたかったからです。
2. プログラムの概要
ここで紹介する情報はマンチェスター大学のHPに記載している2022年7月時点での情報です。最新かつより正確な情報を確認したい方は上のHPから直接ご確認ください。
① 概要
マンチェスター大学は、イギリス第2の都市、マンチェスターにある国立総合大学です。Academic Ranking of World Universities (2021)によると、世界35位、イギリス5位にランクインしています。
マンチェスター大学公衆衛生学修士課程(正式名称はMPH Public Health (Web-based Learning))ではMaster of Public Health(MPH)を取得することができます。
オンラインプログラムの場合、1年間のフルタイム、2年もしくは3-5年のパートタイムと入学時に選択することができ、キャンパスに通う必要がないため、世界中から学生が集まっています。
私が入学した2019年には定員数に関する記載がありませんでしたが、新型コロナウイルスの影響で出願者が増えたためか、200名と定員が定められています。
2022年9月入学の学費はフルタイム・パートタイムともに£20,500(約335万円)です。ちなみに大学側が提示している奨学金がいくつかありますが、日本人が応募できるものはありません。
② 応募条件
応募するためには、IELTS Overall 6.5以上(Writing6.0以上)もしくはTOEFL 90点以上(各セクション22点以上)のスコアが必要です。これらのスコア有効期間は2年間なので注意してください。
また学部時代の成績がUpper Second honours degree(GPA 3.00 – 3.59)である必要があります。GPA3以下なら応募できないのかと心配になるかもしれませんが、「Upper Second以下の成績でも関連する研究または専門的な経験があれば、入学が考慮される場合がある」と記載されているので、学部時代の成績が悪くても諦めないでください。
③ コースの詳細
マンチェスター大学オンラインMPHには36のコースが準備されています。Evidence Based Practiceのみ必須コースですが、それ以外の7コースについては自由に選ぶことができます。コースについて詳しく知りたい方はこちらをご確認ください。
3. 出願準備
① 出願書類
出願する書類は、CV(履歴書)、志望動機書、推薦書(2名分)、大学の学位証明書、大学の成績証明書、英語力の証明書です。Certificateを持っていれば追加書類として提出することができます。
これらの中で準備に手こずったのが大学時代の成績証明書でした。筆者の出身大学はGPAを算出していなかったのですが、マンチェスター大学に問い合わせると「英語で書かれた成績証明書であれば良い」ということだったので、そのまま出しました。
やっとの思いで出願した結果、驚いたことにその翌日に合格通知が来て少し拍子抜けしたのを覚えています。おそらく2019年当時はオンラインMPHに学生が少なく、出願すれば基本的に誰でも合格していたのだと思います。
② 入学までにした予習
筆者は学部時代に統計学は少し習いましたが、EBPや疫学については学んだことがなかったため、入学前の予習にかなりの時間を費やしました。これらの予習をしたことによって、授業自体はそこまで難しくなかったです。
より具体的にお伝えするために筆者が読んだ本などをここで紹介します。
統計学
ハンバーガー統計学、マンガでわかるやさしい統計学、アイスクリーム統計学、リハビリテーション統計学、使える統計学、統計学が最強の学問である、Rによるやさしい統計学
※順番は読んだ順番です
学部時代に統計学を習ったと書きましたが、実際にはほぼ全て忘れており、病院勤務時代にも全く経験がなかったため、実質1からの勉強でした。
上にあげた本の中で初学者におすすめなのが、「ハンバーガー統計学」と「マンガでわかるやさしい統計学」です。初めにこれらの本を読むことで統計学の全体像が掴めると思います。
ちなみに、マンチェスター大学MPHでは大学が作成したオリジナルの統計分析ソフトを使用するのですが、修了後も無料のソフトを扱えるようになりたかったので、Rを自習して一通り使えるようにしました。
疫学
WHOの標準疫学、疫学入門、楽しい疫学、ロスマンの疫学(挫折)
疫学を学ぶのは初めてで、恥ずかしながら研究デザイン(RCTや横断研究など)についてもほとんど知りませんでした。
この中で圧倒的におすすめしたいのが「楽しい疫学」です。他の本は簡単すぎたり、逆に難しすぎたりと初学者には適していません。文体も読みやすいので、この一冊を読んで頭に入れておけば、一般的なMPHなら問題ないと思います。
数学
文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!、高校数学でわかる統計学(挫折)
統計学を理解するには数学の勉強も必要だろうとこれらの本も読みました。「文系の〜」は単純に読み物として面白かったので時間があれば読んでみても良いかと思いますが、正直あまり役に立たなかったと感じています。
論文執筆
なぜあなたは論文を書けないのか?、必ずアクセプトされる医学英語論文
筆者はカナダのアルバータ大学でアカデミック・ライティングを学んだ経験があるので、正直これらの本を読む必要はなかったです。アカデミック・ライティングをこれから学ぶ人には助かる一冊かもしれません。
ちなみにアルバータ大学ではAcademic Writing for Graduate Studentsを使って勉強しました。分厚くて取っ付きにくいのですが、この本のおかげでアカデミック・ライティングの基礎から応用までを身に付けることが出来ました。時間のある人は読んでみることをおすすめします。
これらの本を読むのに加えて、自身の興味のある分野の論文を50本ほどまとめるなどもしていました。
4. 受講内容
マンチェスター大学オンラインMPHでは2年次前期までに8コースを受講し、2年次後期は修士論文の作成となります。
8コースの取り方は合計3セメスターある中で3/3/2、2/3/3など自分で選べます。筆者の場合は3/3/2と前半に集中して多く受講し、2年次前期は2コースを受講しながら修士論文の準備をしました。
ここからは私が実際に受講したコースについて簡単に解説していきます。
① 1年次に受講したコース
このコースでは、①エビデンスに関するスキルを身につけ、実践のための医学文献を探せるようになること、②クリティカルシンキングを身につけること、③EBPの限界を知ることを目的としています。具体的には、研究デザインとヒエラルキー、PubMedやOVIDを使った論文の検索方法、各研究デザインの詳細について学びます。
このコースでは、以下の内容を知ることを目的にしています。①疫学研究の概要、②リスクの測定方法・有病率と発生率の計算方法、③横断研究・介入研究などの特徴、④バイアス・交絡因子、⑤年齢調整の方法、⑥サーベイランスの方法。
Health Promotion Theory & Methods
このコースでは、①健康や病気を定義できるようになる、②ヘルスプロモーションと予防について説明できるようになる、③実際のヘルプロモーションに関する取り組みを批判的に議論できるようになることを目的としています。
このコースの目的は、疫学研究のデザインを理解し、医学文献を批判的に評価するために、基本的な疫学的方法を理解することです。内容はFundamentals of Epidemiologyの応用で、最終的には自分の研究をデザインできることを目指します。
Practical Statistics for Population Health
このコースでは、StatsDirectという統計ソフトを使って基本的な統計分析ができるようになることを目的としています。具体的には、データの種類、確率分布、標準偏差と標準誤差、信頼区間、統計分析手法 、生存率について学びます。(2022年現在、SPSSとオプションでRを使っているそうです)
このコースの目的は、①ヘルスプロモーションの参加型手法と理論的アプローチについて理解する、②職場や地域の課題を解決する参加型アプローチの開発ができるようになることです。最終的には自分が所属するコミュニティで実施するアプローチ方法を開発します。
② 2年次に受講したコース
Evidence Synthesis: Systematic Reviews
このコースでは、システマティックレビュー・メタアナリシスが出来るようになることを目的としています。具体的には、レビュークエスチョンの立て方、適切なレビューの種類の選択、異なる研究デザインに対する批判的評価、データ統合(メタアナリシスとナラティブ)および解釈、GRADEなどを学びます。
Global Health into the 21st Century
このコースの目的は、グローバルヘルスの概念がグローバル化の中でどのように発展してきたかを検証することです。多様な文脈における健康と疾病の主要な政治的、社会的、経済的、法的、制度的基盤について学びます。
Dissertation – Master of Public Health
2年次後期は修士論文の作成です。日本の大学院とは異なり、2年次前期が終わったタイミングで担当教員が決まります。そのため、ある程度の準備はできますが、事前に担当教員に相談することはできません。
5. 役立ったサービス
① DeepL
DeepLは「世界一高精度な翻訳ツール」と呼ばれる機械翻訳サービスです。その翻訳精度はGoogle翻訳よりもはるかに高いです。筆者が大学院に入学した2019年の時点では知る人ぞ知るといったサービスだったのですが、この数年で翻訳ツールと言えばDeepLと呼ばれるようになりました。DeepLには無料版と有料版がありますが、筆者の場合は無料版で十分でした。
一方、精度は高いと言ったものの、訳が間違っていたり、アカデミックな表現でなかったりすることが多々あります。そのため、使い方としては①DeepLで大まかな文章を作成する、②自分でアカデミックな文章に手直しする、 ③次に紹介するGrammarlyを使って校正するといった流れになります。
② Grammarly
Grammarlyは、英語ライティングの校正プラットフォームで、文法チェック・スペルチェック・盗用検出が可能です。動詞の単複やaやthe、複数形といった基本的なミスだけでなく、より簡潔な文章への変更やアカデミック・ライティングへの書き換えも可能な非常に便利なサービスです。
筆者は無料版・有料版ともに使用したことがありますが、海外大学院に行く人には有料版をおすすめします。無料版では指摘してくれない間違いを指摘してくれたり、アカデミック・ライティングへの書き換え、盗用チェックなどが利用できるようになります。
料金は月払いだと30ドルですが、1年契約だと合計144ドルで月々の支払いは12ドルです。大学院によっては無料で利用できることもあるので確認してみてください。
6. 勉強時間
フルタイムで仕事をしながらの大学院生生活がどれだけ大変なのか、参考になると思うので紹介させてもらいます。
① 1日の流れ
1年次はベトナム、2年次前期は東京、2年次後期はカンボジアと大学院に在学していた2年間の間に、3か国でフルタイムの仕事をしていました。特に忙しかった1年次はベトナムに駐在していたのですが、幸い残業がない職場だったので、睡眠時間は短いながらも規則正しい生活をしていました。
平日の1日の流れは、8時から17時まで働き、17時30分に帰宅。20時までに食事、入浴などを済ませて、20時から22時頃まで仮眠をして、深夜1〜2時まで勉強するといったハードな日々を過ごしていました。
休日は試験期間中以外には昼間に勉強して夜に友人と飲みに行ったり、昼間にランチを食べて、夜は勉強したりと比較的自由に過ごしていました。
② 1週間の勉強時間
1週間の勉強時間は、試験がない週で15〜25時間、試験期間中は20〜40時間でした。平日に2〜3時間勉強して、週末は5〜8時間まとめて勉強することが多かったです。思い出に残っているのは試験期間中に毎日悪夢を見ていたことです。それくらい追い込まれるので覚悟しててください。
2年以上のパートタイムのプログラムの場合、夏休みがあるのでその期間はゆっくりできます。しかし、筆者はその期間に修士論文を進めたことで余裕を持って完成させることが出来ました。
7. 修了した今思うこと
① すぐにキャリアは変わらない
海外大学院を修了したらすぐに給料が上がったり、良い仕事に就けたりと想像する人がいるかと思いますが、筆者の場合は今のところ何も変わっていません。心のどこかでヘッドハンティングを受けたりするのでは…と期待していましたが、甘すぎました。
また、給料の良い大学教員になりたいと思っても論文を書いていなかったり、製薬会社に転職したいと思っても研究経験がなかったりと、MPHのみで就ける仕事は多くありません。そのため、仕事を続けて実務を経験しながらオンライン大学院で学位を取るのは良い戦略だと思います。
一方で、筆者が国際NGOに転職した時には大学院生であることはアピールになりましたし、このプラヘルを立ち上げた時にも大学院時代の知り合いに相談したりと 色々と役には立っています。
② 日本の大学院の方が良いことも
筆者は元々国際機関で働きたくて、JPOを受けるためにマンチェスター大学MPHに入学しました。結婚して近々日本に本帰国しようと考えている今、正直日本の大学院の方が良かったのではないかという考えも正直あります。
一番の理由は、国内にコネがなく教員職や研究職に就く筋道が全く見えないからです。そのため、将来博士課程に進学する場合は日本国内の大学院を選ぼうと思っています。
また、日本の大学院のようにゼミに所属するわけではないので、研究の作法(倫理審査やジャーナル投稿など)については教わることがないまま修了します。そのため、いざ自分で研究を始めようと思っても質問する人がおらず、研究が進まないことがありました。
日本の大学院も英国の大学院も一長一短あるため、自分が将来どこで何をしたいのかをじっくりと考えてから決めると良いと思います。
まとめ
この記事ではマンチェスター大学オンラインMPHの概要と筆者の経験について解説してきました。在学していた2年間は非常にしんどかったですし、修了した今何かが大きく変わったわけでもありません。
しかし、それでも入学して良かったですし、2年間に費やした学費と時間とその努力は、これから回収してやろうと企んでいます。
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